ジョブズは本当に「バカになれ」と言ったのか?

たった一つの誤訳が、時として日本の国全体に悪影響を及ぼすことがあると言ったら、大げさでしょうか。

“Stay hungry, stay foolish.”

2005年にスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学で講演した際に言った、有名なフレーズです。彼に傾倒している方も、そうでない方も、どこかで一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。

私が初めてこれを知ったのは、YouTubeの動画がきっかけでした。ちょうど日本で初代iPadが出た頃だったと記憶しています。ネット上で一部の人が話題にしており、たまたま目にしたのです。スティーブ・ジョブズ本人が直接来て、その声をライブで聞けるなんて、アメリカの学生はうらやましいなと思ったものです。

スピーチの内容は非常に多くの教訓や示唆に富むもので、カリスマとはかくあるべきというお手本と言えるものでした。そして世の中には親切な人がいるもので、その動画には日本語の字幕がついていました。わざわざ動画を編集したり、何度も聞き取ってそれを翻訳するという作業を無償でした人がいたということです。もしもまだこのスピーチを見ていない方がいらっしゃったら、是非一度動画を見ることをお勧めします。

さて、件の箇所にさしかかったとき、字幕にはこう書いてありました。

「ハングリーであれ。愚かであれ。」
そのとき私は、違和感を感じました。
「違うと思うんだけどな。きっと、翻訳すべき分量があまりにも多くて、時間がなかったから中学英語みたいに訳したんだろうな。けれども、この決めゼリフにこの訳では全体が台無しだし、何よりもこの動画を見た人を誤解させてしまうだろうな。」と思いました。

私はこれは誤訳だと思っています。それも、彼のスピーチの方向性まで変えてしまう程の破壊力を持った・・・。

もちろん、ここまでためになるものを無償で提供してもらっておいて、けちをつけるならお前がやればいいと言われそうです。確かに彼の「知恵」をこのように提供してもらえたことは、普段日本語で生活しており英語のままのスピーチを聞いても理解できない人たちにとって、本当に貴重なものだと言えるでしょう。しかし数年後に、これはちょっと問題ではないかと思うことが起こり始めます。

私は最初この翻訳が、専門家でない有志の人たちによるこの動画だけの訳で済む話だろうと思っていました。ところが、その何年後かに、私の期待は裏切られることになりました。アップルがますます日本で受け入れられるようになると、ごく普通のインターネットのメディアもこのスピーチを引き合いに出すようになったのです。そこにあった翻訳は・・・。

「ハングリーであれ。愚かであれ。」でした。でも、私たちが「愚か」になってしまったら、仕事にならないと思うんですよね。

ちょうど銀座のアップルストア前の行列が、盛んに報道されるようになった頃です。それまでアップルに興味がなかった人や、ITとは縁遠い人がスティーブ・ジョブズを注目するようになっていました。彼らはこの文章を読んで、「そうか、スティーブ・ジョブズはバカになれって言ったんだな」と深く考えずに受け止めたと思います。ここが問題です。

私はこの翻訳は
「ハングリーでいろ。無謀になれ。」とすべきだと思います。
あるいは
「ハングリーでいろ。お利口になるな。」でしょうか。

もしも、「愚かであれ」と言いたかったなら、彼は「foolish」ではなく「fool」と言ったでしょう。しかし、彼が使ったのは「foolish」です。私がこの言葉から受け取るイメージは、ばか騒ぎをする、真面目過ぎない、無茶することを何とも思わないなどのいくつかのイメージが融合したものです。ですから、それに当てはまるそのものずばりの日本語は無いと思います。結果として、その時々の文脈から、一番ニュアンスが近いことばを選ぶことになります。日本語でも「お利口」と「利口」が違うように、「foolish」と「fool」は違います。少なくとも「愚かであれ」は彼が伝えたかった意味では無いでしょう。

もし、ある程度英語が分かれば、“Stay hungry, stay foolish”を翻訳せず、英語のままで受け取るので、こうはならなかったでしょう。ところが、一度日本語に翻訳するので、どうしても全く同じ内容にはなりません。

これに比べて仕事で英語が使える人、例えばインドの新人エンジニアはジョブズのメッセージをダイレクトに受け止めることができます。この違いは大きいです。しかも日本の場合は誰かが間違って翻訳すると、その後の人たちは間違ったまま解釈をしてしまうのです。誰かのブログで翻訳の記事を読んだ時に、原文まで確認する人はまれでしょう。伝言ゲームではありませんが、「愚かであれ」では、もはや原型をとどめていません。

こういった英語の情報のロスがずっと続くかと思うと、IT業界に身を置く人間としては、非常に心配です。それは、このままだと日本の競争力が無くなって、海外のお客さんからスルーされてしまうからです。英語で仕事をしている国の人たちとの差が、どんどん広がって行くんです。

世界から相手にして欲しければ、英語の情報を英語のまま取り込むこともある程度は必要です。英語で書かれたニュースを読むとか、そういったことです。もちろん、多くの人にとってハードルは高いでしょう。しかし、ほんの少しの理解でも良い、雰囲気が分かるだけでも良いということならどうでしょうか?ずっと気が楽になると思います。そうなんです。日本人は生真面目過ぎるんだと思います。

「“Stay hungry, stay foolish.”ってこんな感じかな?自信無いけど、何となくだけど・・・。」間違ってもいいので、ジョブズのメッセージも英語のまま受け入れてはどうでしょうか?

私の経験から言うと英語力が完璧でなくてもちゃんと世界で通用します。私はいつも単語を調べながら海外とチャットしてますし、文法も良く間違えますけど、相手は嫌がらずに付き合ってくれますから大丈夫です(笑)。

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